南岳~大キレット~北穂高岳

期日 2018年7月21日(土)
形態 山岳会山行途中での単独行動 
 山岳会の慰霊登山で南岳へ登ったので、この際に大キレットをやって見たくて、勝手を言わせてもらって単独での大キレットの縦走を計画した。
【行動記録】
7月19日(木)山岳会の皆さんと横尾山荘泊で、7月20日(金)はご遺族もともに、槍沢から天狗池経由南岳へ。
7月21日(土)
330 起床。今日は私は本隊とは別れて単独で大キレットを越えるので早く起き、昨晩にもらった朝食弁当を食べて出発準備をする。弁当は食べづらくて半分は残してザックに入れた。
420 出発。まだ少し暗いのでヘルメットにヘッドランプを着けて、少し寒いので、雨具の上だけを着て歩き出した。私と前後して、ガイドが3人の客を連れて歩き出したが、こちらはライトは着けていかった。視界はある程度いいのだが、細かいスタンスやホールドが見えないと不安なので私はライトをつけて歩き始めた。歩き始めてしばらくで、ガイドパーティは私を追い抜いて行った。
450 最初の長い鉄梯子の下で、後続の単独者が落石を起こし私のすぐ横に落ちて行った。前にいたガイドが大声で「落!」と大声を出したので、私は気が付いてヘルメットの上に腕をかざして頭をカバーしたが、イヤ驚いたことだった。梯子を下りた辺りで、行動して暑くなってきたので雨具を脱ぎ、ヘッドライトも仕舞う。ルートは気をつけていれば迷うこともなく、さほど困難もなく、ゆっくりと進む。ガイドパーティはどんどんと先行して行く。とてもそれにはついていけない。
522 最低コル。少しエネルギー補給をする。
545 やはり少し元気が出ないようなので、行動食をまた食べる。
629 A沢のコル着。腰を下ろして10分くらい休憩する。ガイドパーティも、落石の単独者も、更にカップルの二人にも追い抜かれて私は一人でゆっくりと(トロトロと)足を運んでいく。長谷川ピークも気が付かずに通過したようだ。
640 出発。この頃はもう太陽が照り付け始めてさらに暑くなってきた。この後もゆっくり歩きながら、時に止まってブドウ糖やチョコなどを食べてエネルギー補給をこまめにしていく。

845 北穂小屋着。小屋への最後の登りも辛くて休み休みとなった。水もハイドレーションに800ccくらい入れてきて、朝で涼しいうちだから大丈夫と思っていたが、最後の5分くらいで水切れとなり、咽喉が乾いて困った。小屋に着いて、すぐに水を買って飲み、何か食べるものはないかと売店で聞いたが、パンかカップ麺というのでパスした。水は0.5リットル飲み、更に0.5リットルをハイドレーションに補給した。
910 出発。涸沢まで2時間くらいで下山できるつもりで歩き出した。最初は快調であったが、思ったようにはいかずにすぐに足が遅くなってきた。南陵のテント場を過ぎ、すぐに梯子、鎖場と思っていたがそこまでは結構遠かった。梯子と鎖場を降りたすぐのところで、小さな雪渓に落ちた女性(多分50歳以上)に声を掛けながら、スマホで救助を要請している若者がいた。女性は雪渓の端で肘から上だけを見せるようにしていて、「寒い、寒い」と言っていた。私は、救助するには何も装備を持っていないし、すでにその若者が連絡を取っているので、どうせ涸沢ヒュッテから救援が来て一本道なので、下山を急ぎ救助隊と遭遇した時に、現場の場所をきっちりと説明することにした。そして下山を続けたが、どうも力が入らずに段々とまた足が遅くなったしまった。一歩一歩ごとに膝が痛くて辛くて、とんとんと下れない。とうとう、先ほど追い抜いた子供連れの家族にも抜き直されてしまう程となった。
1100 2535m辺りの道端の木陰に入りしばらく休む。
1130 また休み、ブルボンのブラウニーを食べてエネルギー補給。この辺りで、やっと下から上がって来た救助隊2名と会い、事故現場を説明。
1210 涸沢小屋着。ラーメンを食べ、水を補給。靴も脱いで足をマッサージ。この調子では、横尾に着くのが大分遅くなりそうなので、横尾山荘に電話しようとしたが、ここではAUしか電波が届かないとのこと。公衆電話を借りようとフロントの方へ行ったら、故障中なので携帯を貸すと言われて、横尾山荘へ電話して益田さんに4時過ぎると伝言を依頼した。売店にある気温計では30℃を示していた。暑いはずだ。ラーメンも食べ水も補給して元気を取り戻して、下山を再開することとした。
1305 出発。さすが週末で涸沢目掛けて登って来る登山者の多いこと。これでは涸沢のテント場もいっぱいになるだろうと思う程。女性や年配者のパーティも多い。2時間弱で本谷の橋へ着くと思ったが、膝がまた痛くなりスピードが落ち始めた。
1530 やっと本谷橋へ着く。ザックを下ろして頭から冷たい水を浴び、腰を下ろして休憩。
1555 出発。大分元気になったし、本谷橋から下は下りも楽になり、平地を歩くところも増えて来たので、ストックを前に突き出しながら勢いをつけて歩く。屏風岩も越え、岩小屋も越えそろそろ横尾かなと思った頃に、下から女性二人が上がって来た。「あれっ」と思うとやはり、中西さんと前田さんの二人。心配して迎えに来てくれたのだ。ありがとう。
1710 横尾山荘着。皆さんはもう食事かと思ったが、私には入浴する時間が取ってもらえ、急いで入浴というか、冷たいシャワーを浴びて着替えをして生き返った心地になった。ご心配をおかけした皆さんと共に夕食をとることができた。


7月22日(日)
横尾山荘から、徳澤園では久しぶりのコーヒーを飲み、明神からは右岸の遊歩道を楽しみながら歩いて河童橋へ。


【反省】  
今回、朝食を弁当にしてもらい、それが半分しか食べられず、行動食も比較的チョコレート風の甘いものが多かったので、暑さの中では食べ辛く、結果的にはエネルギー不足の症状が出たようだ。水は、途中での補給をしたが、暑さのせいでギリギリとなり、余裕はない状態であった。これらが途中からの体力低下になったものと反省。(M.Y記)